人気ブログランキング | 話題のタグを見る

たまには真面目な話し。。

たまには真面目な話し。。_d0003770_76299.jpg先日TVや新聞で見たニュースに「小学生の教師への暴力」というのがあった。
内容は「いやはや。。」と思う様な事ばかり。でもこれは今に始まった事じゃない。我が家の長男は今26歳だが、彼が小学校5、6年生の時に既にその兆候はあった。彼の隣のクラスは若い大人しい男の先生で、何故かそのクラスは元気が溢れすぎている子が集まっていた。何が原因だったのか、先生が一人の子が暴れたのを押さえつけたら、周りの子が一斉に暴れ出し収拾がつかなくなった。



クラスはもとよりフロア全体が騒然となり、他の先生のとりなしでその場は収まったらしい。その後最初に暴れ出した子の保護者が学校に来て、若い先生は一方的に悪者になってしまった。。。と言うのが、隣のクラスの委員さんから聞いた話だった。その頃私も委員をしていたので、学年全体で色々話し合ったのだが。。率直に言うと解決方法は無いに等しかった。
あれから14、5年経っている。彼等は益々勢力を伸ばしているのだろうか?何故なのだろうか?
思うにこれは学校だけの問題なのだろうか。。?勿論、昨今の教師の中にはとんでもない先生もいる事はいる。教師というのは裸の王様だと言うのも、当たらずとも遠からずだとも思っている。でも子供が自分の思い通りにならないとすぐ暴力をふるったり、暴言を吐いて大人顔負けの脅しを使うなんて、学校教育の問題以前の事と感じるのだ。

長男が小学生の時「叱らない子育て」と言うのが流行った。何があっても怒ってはいけないと言うのだ。家庭学級などでも(保護者のお勉強会組織の事ね)取り上げられたり、私自身も何冊も本を読んだりした。詳しい事は割愛するが、私はどうしてもこの先生の説には納得できなかったが、この辺りから「叱らない」「子供の人権尊重」ひいては「友達親子」なんて訳の解らない言葉まででてきたのだと思う。子供の目線に立って、子供の意見を尊重して。。という事は子供の言い分を全て認める事とイコールではないと思う。そして何より大人と子供は対等ではありえないと思う。逆に言えば対等でないから子供なのだ。対等と認めるには幾つかのハードルを超えなければならないのは当然だ。
大人と対等と思い込んでいる子供達は、大人を尊敬しない。お年寄りを敬う事もしない。目上の人に敬意を払う事もない。子供と友達と化した親たちは、子供の前で教師の悪口を言い、どうしたら彼等が困るか悪知恵をつける。大人の。。いや、親のする事ではない。他の方法はいくらでもある筈。

いけない事を「いけない」と言えず、子供の機嫌をとり、子供の「意思の尊重」とやりたい放題を認め、挙句の果てに「したくない事はやらなくても良いんだよ」「好きな事をやる権利があるんだよ」と言うのはまるで洗脳だ。そういう言葉は少なくても基本的な事を身につけさせてから言う事だろう。
つまりは親の基本的な人としての躾の問題だと思う部分が大きいのだが、いかがか?
学校に問題はないかと言えば、多分あるだろう。でもその前に今一度、子供と社会、子供と大人。。を考えてみよう。問題は一つ一つ見つけて行かないといけないのではないだろうか。
by jyegirl | 2006-09-18 08:07 | ニュース


<< 牛丼復活日に思ったこと 行け行け!ファイターズ! >>